Vol.4 馬大国ハンガリー
【国立の馬の生産施設、バーボルナ国立スタッドファームで早朝、厩舎から放牧されるシャギア・アラブ種の若馬たち】
最終回の第4回は東欧に目を転じてみましょう。
意外と知られていませんが、東欧の中でもハンガリーは騎馬 民族の血を脈々と受け継ぐ馬大国なのです。
バカンスや長期休暇にはヨーロッパ各地から乗馬愛好家がこの国を訪れます。そうした人たちのためにハンガリー政府観光局では国内の乗馬リゾートや乗馬クラブ、そして馬のショーなどを楽しめる施設を冊子にまとめ配布しているほどで、「乗馬」はこの国の大切な観光資源といえます。乗馬を楽しめる場所は国内の各地に点在していますが、なかでも人気があるのは海の無いハンガリーにおける最大の湖、バラトン湖周辺でのリゾートライディングです。湖での遊泳やレイククルーズを楽しみながら乗馬も楽しめるとあって、バカンスの時期には国内外から多くの観光客が訪れにぎわいます。
この国での乗馬の楽しみ方はさまざまな選択肢があることでしょう。馬場においては乗り手のレベルに合わせ初級から中上級まで対応してくれ、馬場を出れば馬の背に揺られながらの散策から平原の疾走まで乗り手次第です。
この国を移動していると気がつくのがあちこちで馬車と出会うことでしょう。現在では観光が中心ですが、各地に馬車博物館が設けられ馬車がいかに生活に密着していたかをうかがい知ることができます。もしハンガリーに行く機会があるなら、乗馬は抵抗があるかもしれませんので、ぜひ馬車を試してみてください。いつもと違う目の高さで眺める景色はひと味違います。
【豊かな緑の中を馬車で行く。白馬はリピッツアーナ種でおとなしく頭がいいうえにご覧のように美しい。】
ハンガリーの歴史を紐解いて人と馬に関わる人物といえば、首都ブダペストの観光名所となっている英雄広場で騎馬像となっている7人の部族長たちが知られています。
【騎馬民族の誇り、ハンガリーの始祖といわれる7部族長の像。】
ただそれはあくまでハンガリー国内のことで、国外にも知られている人物としてはシシィことエリザベートが有名です。オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートの人生はミュージカルになるほど有名ですが、彼女は大の乗馬好きだったのです。義母との折り合いが悪かったこともあり、ウィーンを離れハンガリーで乗馬三昧に明け暮れたシシィは自国オーストリアよりハンガリーで絶大な人気がありました。ブダペストには彼女が通ったというカフェが今も残っています。また、彼女の優雅な横座りの騎上姿やジャンプをする勇猛な姿など絵画作品として今も見ることができます。実際に彼女の乗馬技術はとても高かったということで、今ならオリンピックに出場していたかもしれません。
ハンガリーにおいて人と馬がいかに密接な関係にあるかを知る方法として、国内の各地で行われている馬術ショーがお薦めです。独特の青い衣装と帽子を被ったチコーシュと呼ばれる馬飼いが見事に馬を御す姿は圧巻。なかでもプスタファイブと呼ばれる妙技は前に3頭、乗り手のそれぞれの足元に1頭ずつ、合わせて5頭の馬を見事にさばき疾走するのです。実はこれは19世紀末にオーストリアの画家が空想で描いたものをハンガリーの馬乗りが自分たちの技術をもってすれば可能だと猛訓練を経て獲得した技術だということですが、今ではすっかりハンガリー名物として多くの観光客の目を楽しませています。ハンガリー東部に広がるプスタと呼ばれる大平原では今でも昔ながらに馬飼いや牛飼いが暮らし、自然の中で生きるという伝統を継承しています。
【疾走するプスタファイブ。10頭以上を御すことも可能だという。】
もうひとつハンガリーが馬大国として名を馳せる理由は国を挙げて馬の生産に力を入れていることによります。かつて社会主義の実験的な生産形態として農業畜産業などを集めて大規模集団農場の経営を推進しました。この業態の中でハンガリーでは馬の生産がもっとも成功しました。騎馬民族の血の成せることなのでしょうか。姿形が美しく頭がいいと言われるリピッツアーナという種類の馬や、かつてハンガリーから送られてきて昭和天皇が愛したというシャギア・アラブという種類の馬など、国際市場においてハンガリーの馬生産は高い評価を得ています。
最後にハンガリー国内でも一風変わった有名人として知られる、ユニークな人物を紹介しましょう。カッシャイ・ラヨッシュ氏は騎乗から矢を放つ「ホースバック・アーチェリー」をハンガリーの伝統にのっとり体系化しマーシャルアーツ(武術)にまで高めた人物です。その高い技術は折り紙つきで1分間に精確に矢を的に射た回数はギネスブックにも記録されているほどです。現在は国内外に信奉者が増え、国際的な組織に育っています。カッシャイ氏はハンガリーの騎馬民族としての誇りを形にして次の世代につなげたいと日々鍛練しているのです。
【訓練中のカッシャイ・ラヨッシュ氏。鞍無しの裸馬に乗っている。】
社会主義下にあった東欧では西側の華やかさとは違いますが、途切れることなく馬との関わりを持ち続け、これが独自の馬文化を生み出しています。これまでお伝えしてきたようにヨーロッパには人と馬の長い長い関わりによって生み出されてきた独自の文化があります。その一端でも皆様にお伝えでき、少しでも興味を持っていただけましたら、これに勝ることはありません。エコ流行りの昨今、究極のエコとして人と馬との関係をもう一度見つめ直し、ぜひ一度馬に会いに行ってみてください。
【スィルヴァーシュヴァーラド国立ホースファームではリピッツアーナ種を育成している。】
ALL Photos by Yasuo Konishi
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この度、4回にわたり乗馬の素晴らしさや
文化にふれ、益々馬への魅力が高まったのではないでしょうか?
私自身も馬は大好きなのですが、改めて各国の乗馬文化を
知ることができ、海外旅行の際の楽しみが増えそうです。
久しぶりに馬を見に、足をのばしてみようかと思います。
都内でも、馬事公苑や代々木公園など馬がいるところは
何箇所かありますので、皆様もリフレッシュに訪れられては
いかがでしょうか?
皆様のお役にたっていただければ幸いです。
どうもありがとうございました。
2011.01.15
Goodリフォーム 2011年3月号 に掲載されました
特集「リフォーム会社年間 2011」のなかで
リフォーム事例としてT邸が掲載されております。
新築で様々な設計、施工を行っているアーネストの
増改築部門となるクラフトスピリッツは、発想力と
技術力がそのまま受け継がれ、新たな空間を
造り出します。
また、「リフォームに携わるプロ」の特集の中で
アーネストグループ沖縄事務所 設計担当課長の具志堅安枝の
取材記事も掲載されております。
新築、増改築、いずれにおきましても
アーネストの意匠クオリティは変わりません。
お気軽にお問い合わせくださいませ。
Earnest
クラフトスピリッツ
http://craftspirits.jp
お問い合わせ
アーネストアソシエイツ
http://earnest-arch.jp
東京都港区芝5-5-1
03-3769-3333
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Photo by Ryusuke Hayashi
【エリートライダー、カドル・ノワールの名演技。フランス古典馬術のお手本とも言える、華麗な演技は必見。】
第3回はフランス流儀の乗馬ライフ。馬にゆかりのある街は、フランスにもたくさんあります。その中でも夏のドーヴィルは特に馬との関わりあいが深い街といえます。
多くのセレブが集まってくるこの街は、ナポレオン3世の親類にあたるモルニィ公爵によって、社交を楽しむために開発されたといわれます。別荘や競馬場、カジノや高級ホテルなど、バカンスを満喫するに十分な施設が充実しているのも街の魅力のひとつ。フランスの別荘所有者の大半がこのドーヴィルに構えるほど、富裕層のパリジャンに愛されているのも「社交」というコンセプトで造られた街だからです。パリの社交界がそのまま移ってきたようなその趣きには、ココ・シャネルも注目し、この地に開いたブティックで成功の糸口を掴んだことも知られています。
Photo by Manabu Matsunaga
【フランスでも人気の高い、リゾート地、ドーヴィルでは豪奢なカジノも賑わいを見せる。】
夏のバカンスシーズンになれば、フランス国内で開催されるレースの中でも重要なレースがおこなわれる、ラ・トゥーク競馬場と、クレール・フォンテーヌ競馬場が華やいだ雰囲気に包まれます。
Photo by Manabu Matsunaga
【ラ・トゥーク競馬場で開催されたエルメス杯のレース。】
レースはもちろんのこと、ポロ大会など競技も盛んですが、クレール・フォンテーヌ競馬場は特に作りも華やかで、競馬場全体がテーマ・パークのようになっており、一家で楽しめるのが特徴。美食を楽しみたい方には、本格フレンチのレストランで舌鼓を打ち、テラス・カフェではほっと一息つきながらレースを観戦など、リゾート地ならではの競馬の楽しみ方がお勧めです。
Photo by Manabu Matsunaga
【ポロ競技大会の一幕。ドーヴィルのポロ大会の歴史は約1世紀にわたる。毎年夏には世界最高レベルの試合がおこなわれ、決勝戦は社交の場としても機能している。】
サラブレッドの競りも、世界中のセレブの熱い視線が注がれるイベントのひとつ。その美しさがノルマンディー地方随一といわれる、現ドーヴィル市所有のストラスブルジェール邸では400名あまりが招待されて開催されるレセプション・ランチが恒例となっており、競りの参加者たちの旧友、交友が深められ、いっそう華やいだ雰囲気に包まれます。
もうひとつの馬にゆかりのある町としては、ソミュールが挙げられるでしょう。フランス古典馬術の伝統を誇る、国立馬術アカデミーを有する馬の町です。ユネスコの世界遺産に登録されるロワール河岸の小さな町ながら、誇り高きフランス乗馬の香りが漂っています。
Photo by Ryusuke Hayashi
【ソミュールの町のシンボル、ソミュール城を臨む町の夕景。】
馬術アカデミーの騎手たちはカドル・ノワール(黒の制服の意)と呼ばれ、フランスのみならず世界中の馬術家の憧れの存在。洗練された制服に身を包み、伝統の証人として世界各国で活躍するフランスが誇るエリートライダーでもあります。
Photo by Ryusuke Hayashi
【カドル・ノワールの指導員。厳格な雰囲気かつ、馬に対する真摯な姿勢が彼らの特長ともいえる。】
アカデミーは19世紀中ごろに軍備の強化に伴って設立されましたが、さすがフランス。ただ強いだけの軍隊ではなく、騎手にも馬にも見た目の美しさが要求されたといいます。セル フランセという馬の品種もここから誕生しました。また、カドル・ノワール独特のパフォーマンスに、机やいすなどを馬で超えるシーンがあります。それは練習の合間の余興から始まったとされますが、これも馬術を楽しもうという騎手たちの遊び心から生み出されました。彼らは、一流ライダーとしての技術と、誇り高き精神に裏打ちされた品格など、フランス流乗馬の理想型を体現した存在ともいえるでしょう。
さて、パリでも乗馬は盛んです。バカンスに重きを置くフランスの人々にとっては、パリで日ごろは活動するも、週末はパリ市内から程近い郊外に居を構えてゆったりと過ごすライフ・スタイルが理想的とされます。パリ16区に自宅をもつ、とあるマダムはパリでご主人と会社を経営しつつ市内から車で2時間ほどの場所に別荘を構えており、馬にとってストレスのない場所ということもあって、この地に決めたといいます。交友関係の広いご夫婦ゆえ日ごろからパーティーに招かれることが多いのも事実。しかし、金曜の夜にはパリでのパーティーを終えてから車を走らせ、別荘へ向かうこともしばしばといいます。
Photo by Manabu Matsunaga
【もとは、狩人の屋敷だったという別荘。】
特に愛娘と楽しむ乗馬は至福のひと時で、娘さんは全国規模の馬術大会にも参加し、好成績を残すほどの腕前ですが、それは結果的にそうなったということで、マダムともども、競技者として活躍することは考えていないとのことです。ただ、馬が好きで、楽しみたいから、純粋に楽しいから乗っている――。ストレスのない自然に囲まれた環境で、自由気ままな乗馬ライフを満喫しているといったところでしょうか。
洗練されたフランス流乗馬は、「自由と遊び心」がキーワードといえそうです。
Photo by Manabu Matsunaga
【別荘の庭で、馬を調教中。パリと郊外に居を構えるフランスマダム、パオラ・アリゴニさんの愛娘は、週末の乗馬の時間を心待ちにしているとか。】